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神戸地方裁判所 平成7年(行ウ)41号 判決

原告

村上学

右訴訟代理人弁護士

南出喜久治

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

被告

兵庫県

右代表者知事

貝原俊民

右被告ら指定代理人

河合裕行

外三名

右被告国指定代理人

岸田勉

外一名

右被告兵庫県指定代理人

山本悦夫

外一名

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

第一  請求及び答弁

一  請求

被告らは、原告に対し、各自六〇万円及びこれに対する被告国は平成七年一〇月二四日から、被告兵庫県は同月二一日からそれぞれ支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  答弁

1  本案前の答弁(被告国)

被告国に対する訴えを却下する。

2  請求に対する答弁(被告ら)

主文一項と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、平成七年六月一一日執行の兵庫県議会議員選挙に立候補したが落選し、その得票数が法定得票数に達せず、立候補の際に供託した六〇万円を没収されたので、公職選挙法(以下「法」という。)九二条一項三号及び法九三条一項に定められた供託及び供託金の没収(以下、併せて「選挙供託制度」という。)が憲法に違反し無効なものであるとして、被告国に対して原状回復請求として、被告兵庫県に対して不当利得返還請求として、各自供託金相当額の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払いを求めた事案である。

二  争いのない事実

1  原告は、平成七年六月一一日執行の兵庫県議会議員選挙に、高砂市選挙区から立候補し、同年五月一九日、法九二条一項三号に基づき、現金六〇万円を神戸地方法務局加古川支局に供託した。

2  平成七年六月一一日に行われた右選挙の高砂市選挙区の結果は、次のとおりであった(有効投票数三万六〇〇八票)。

当選 山本敏信 二万〇五八〇票

当選 前田清春 九一五五票

次点 北野美智子 五六〇八票

原告 六六五票

右選挙区における法九三条一項三号に定める法定得票数(当該選挙区内の議員の定数をもって有効投票の総数を除して得た数の一〇分の一)は、1800.40票であったので、原告の得票数は法定得票数に達しなかった。

3  そこで、被告兵庫県は、平成七年九月七日、原告が供託した六〇万円(以下「本件供託金」という。)が被告兵庫県に帰属することになったので、神戸地方法務局加古川支局に対し、本件供託金の払渡しを請求し、高砂市選挙区選挙長は、原告に対し、本件供託金の没収を通知した。そして、被告兵庫県は、同月二九日、本件供託金及びこれに対する法定利息九〇〇円を収納した。

三  争点

1  被告国に対する訴えは適法か。

2  選挙供託制度は憲法に違反するか。

(一) 立候補の自由を侵害するものとして憲法一五条一項に違反するか。

(二) 立候補者に供託義務を課すことは憲法一四条一項、一五条一項、三項に違反するか。

(三) 立候補者から供託金を没収することは憲法一三条、一四条一項、一五条四項後段に違反するか。

四  争点についての当事者の主張

1  争点1(被告国に対する訴えの適法性)について

(被告らの主張)

原告の請求は、供託の原因が憲法に違反し、無効であるとして、供託物の取戻しを求めるものと解される。

供託物の取戻しを受けようとする者は、供託所に対して一定の書類を添付して取戻しを請求すべきであり(供託法八条、供託規則二二条一項、二五条)、供託官は、右請求が理由がないと認めるとき、これを却下しなければならない(同規則三八条)。右却下処分に不服がある者は、監督法務局又は地方法務局の長に審査請求をすることができ、右監督機関等の長は、審査請求に理由があると認めるときは、供託官に相当の処分を命じることができる(供託法一条の四ないし七)。

これらの規定によれば、選挙供託の場合、供託官は、被供託者から供託物取戻しの請求を受けたときは、行政機関としての立場から、右請求につき理由があるかどうかを判断する権限があると解するべきである。

そうすると、選挙供託をした者は、まず、供託所に対して取戻しの請求をして、右請求が供託官によって却下された場合又はその却下決定について審査請求がされ、同決定が審査決定によっても維持された場合に限って、当該供託官を被告として、その処分の取消しを求める抗告訴訟を提起することができると解するべきであり、これらの手続を経ずに直ちに国に対して供託物の取戻しを求める民事訴訟を提起することは許されないというべきである。

したがって、被告国に対する本件訴えは、不適法なものとして却下されるべきである。

(原告の主張)

被告国は、原告が、供託官を被告として、供託金取戻請求却下処分の取消しを求める抗告訴訟を提起すべきであると主張する。

しかし、本件訴えは、選挙供託及びその没収という公法上の法律関係に関する実質的当事者訴訟であり、抗告訴訟と実質的当事者訴訟のどちらを選ぶかは、原告が決めるべき事項である。

また、本件供託金は、法律の規定上取戻しが認められていないものであり、供託官は右規定の憲法適合性を判断することができないから、この取戻請求の適否について供託官に判断する裁量があると解することはできない。

したがって、本件訴えは適法である。

2  争点2  (選挙供託制度の違憲性)について

(原告の主張)

公職選挙に立候補する者に選挙供託をする義務を課すことは、被選挙権の行使を一定以上の財産を調達できる者に制限するものであるから、参政権の行使における平等、公平の原則に違反し、法の下の平等を定めた憲法一四条一項、普通選挙を保障した憲法一五条三項に違反する。

仮に、選挙供託が合憲であったとしても、供託金の没収は、法定得票数に達しない落選者という社会的身分によって、没収という経済的制裁、強制的な財産の徴収又は選挙管理費用の出捐をさせるものであり、経済的関係において差別するものといえるから、憲法一三条、一四条一項に反し、選挙の結果によって公的又は私的に責任を問うものであるから、憲法一五条四項に反する。

(被告らの主張)

(一) 選挙供託制度は、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするにすぎない候補者の濫立を抑止し、自由かつ公正な選挙の実現を目的とするとともに、供託金等の国庫などへの帰属により、選挙公営の費用の一部を負担させるという趣旨も有している。

近年の選挙公営の拡大によって公職の立候補者が負担しなければならない選挙運動費用の軽減が図られたことから、いわゆる泡沫候補者の売名的濫立によって選挙が攪乱させられる可能性が増大し、選挙供託制度の存在意義はさらに大きなものになっている。

(二) 憲法四七条は、衆参両議院議員の選挙について、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は、法律でこれを定めるべきものとし、その具体的内容については何ら定めることなく、選挙制度の決定について専ら立法に委ねて国会に広い裁量権を与えている。

正当に選挙された代表者を通じて政治を行うという代表民主制においては、選挙を通じて国民の様々な利害や意見が公平かつ効果的に国政の運営に反映されなければならず、そのためには理論的な側面のみならず、現実的側面も考慮に入れた選挙制度を設ける必要がある。そこで、憲法四七条は、選挙制度の仕組みに関する具体的な決定を立法府であり国権の最高機関でもある国会の幅広い立法裁量に委ねたものと解するべきであり、このことは、衆参両議院議員の選挙のみならず、地方公共団体の議員や長の選挙制度についても同様である。

したがって、法律で定められた選挙制度が憲法に違反し、無効なものになるのは、それが明らかに合理的理由を欠き、立法府の裁量権の濫用、逸脱となる場合に限られるというべきである。

(三) 選挙供託制度は、自由かつ公正な選挙を実現するために公職選挙法によって認められた制度であって、前記のとおり合理的な理由があり、国会に与えられた裁量権を逸脱しておらず、憲法に違反するものではない。立候補の自由は重要な基本的人権の一つであるが、決して無制限なものではなく、合理的な制限を受けることは当然である。

(四) 原告は、選挙供託が憲法一四条一項、一五条三項に違反すると主張する。しかし、選挙供託には前記の通り合理的な理由があるし、供託額の程度や、選挙の結果有権者から一定の支持を受けた場合には供託金が返還されることからみても、財産による差別とはいえず、憲法一四条一項、一五条三項に違反するとは到底いえない。

また、原告は、供託金等を国庫などに帰属させることが、憲法一三条、一四条一項、一五条四項に反すると主張する。しかし、選挙の自由かつ公正を確保するために、法定得票数に達しない者の供託金を国庫などに帰属させることは、その供託額からみても前記の規定に違反するとはいえず、そもそも、憲法一五条四項は、選挙人の投票の秘密に関する規定であり、立候補者に関して適用する余地はない。

(被告らの主張に対する原告の反論)

(一) 被告らは、選挙供託制度の目的を、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするにすぎない候補者の濫立を抑止し、もって自由かつ公正な選挙を実現することにあると主張する。

しかし、大正一四年に選挙供託制度が導入された当時、このように候補者が濫立するような状況はなかったのである。選挙供託制度を廃止することにより立候補者が急増することは予想されるが、それはこの制度が立候補を制限するものとして機能していたことを証明するものである。

また、選挙供託を廃止することにより立候補者が急増することをもって、濫立ということはできないし、急増した立候補者を、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするにすぎない者と評価ずることはできない。立候補者が真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とするかどうか、濫立かどうかという評価は、主観的なものであり、恣意的なものにならざるを得ない。

現に、原告には選挙の妨害や売名という目的はなく、選挙に関する報道において、原告が他の候補者に比べて不公正な扱いを受けた結果、原告は法定得票数に達する得票数を得ることができなかったのである。

仮に、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名の目的をもって立候補した者であっても、その立候補を許し、選挙によってこのような目的を持つ者が排除されるのが健全な参政権行使のあり方である。

また、選挙供託制度によれば、供託金を提供した者が立候補できるのであるから、経済力があるが、真に当選を争う意思がなく、選挙の妨害や売名を目的とする者に対して、この制度は無力である。選挙供託制度は、無産者のみがこのような内心を持つ立候補者であるとの前提に立つものであり、無産者に対する差別である。

したがって、選挙供託制度は、自由かつ公正な選挙を実現するものということはできない。

(二) 被告らは、選挙供託制度には、供託金等を国庫等に帰属させることにより、選挙公営の費用の一部を供託者に負担させるという趣旨もあると主張する。

しかし、選挙公営費用は、そのほとんどが立候補者の当落が確定する以前の手続に関する費用であり、立候補者の当落の結果によって変動するものではなく、個々の立候補者によって費用が変わるものではない。

このようにみると、選挙公営の費用は、立候補者全員により平等に負担されるべきものであり、得票数の多少によって、この費用を負担する者と負担しない者とを区別する合理的理由はない。

したがって、供託金の没収は、一定の得票数を得られなかったという社会的身分によって、没収という経済的制裁を設けて差別するものであるから、憲法一四条一項に違反することは明らかである。

(三) 被告らは、選挙公営の拡大によって公職の候補者が負担しなければならない選挙運動費用の軽減がはかられたことから、泡沫候補者の売名的濫立によって選挙が攪乱させられる可能性が増大すると主張する。

しかし、選挙公営の拡大は、その実態は政党助成の拡大であり、選挙供託金の値上げは、政党に属さず、政党助成を受けられないような法定得票数を得られない者から、政党助成の費用を徴収しようとするものにすぎず、右の者の参政権の行使を妨げるものである。

少ない得票数が予想される者の中には、政治的活動の一環として立候補する者も多いのであるから、被告らの右主張は、このような者を一律に泡沫候補者として差別し、売名的な者として排除しようとしていることを示している。少ない得票数で落選した者の少なくとも大部分が売名的な目的を有していることを裏付ける事実はなく、また、選挙が攪乱されることの具体的意味は説明されておらず、その可能性が増大したことを裏付ける事実もない。

(四) 被告らは、法律で定められた選挙制度が憲法に違反し、無効になるのは、明らかに合理的理由を欠き、立法府の裁量権の濫用、逸脱になる場合に限られると主張する。

しかし、立法府がその裁量権を行使する場合であっても、特に選挙制度などの国民の参政権に関わる立法においては、当該立法を正当化しうる立法事実があるかどうかを具体的に検討した上で、これに対処する合理的かつ効果的なものであって、しかも、国民の権利行使を制限する場合は、それが必要かつ最小限度のものであることが、憲法上要請される。精神的自由権は、政治参加の場面においては、参政権の保障に奉仕するものであるから、精神的自由権と同様に、LRA基準(より制限的でない他の選びうる手段の基準)により、立法裁量の範囲内かどうかを判断すべきである。

選挙供託制度は、立法事実を前提にしておらず、LRA基準にも違反しているものであるから、立法裁量を逸脱し、違憲であることは明らかである。

第三  争点に対する判断

一  争点1 (被告国に対する訴えの適法性)

1  本件訴えは、原告が被告らに対して、公職選挙法に基づいて没収された選挙供託金の返還を求めるものであり、法律により課された公法上の義務を争うものであるから、公法上の当事者訴訟(行政事件訴訟法四条)であると解されるところ、被告らは、本件のような場合は供託官のした返還請求却下決定の取消訴訟によるべきであると主張するので、検討する。

2 選挙供託制度は、法九二条により公職選挙に立候補する者に対して、一定の金額の供託を義務づけ、法九三条により法定得票数に達しなかった等の場合にその供託金を没収して、国庫等に帰属させるものである。これは、供託並びに供託金の没収又は返還を円滑かつ簡易迅速に行うために、これらの事務を国家機関である供託官が行う供託事務によることにした上で、供託官が選挙供託をした者から供託金の返還請求を受けた場合には、行政機関としての立場から右請求について理由があるか否かを判断する権限を供託官に与えたものと解される。

そこで、行政機関である供託官は、選挙供託をした者から供託金の返還請求を受けた場合、公職選挙法や同施行令等に定められた返還請求の要件を充たすかどうかについて審査することができるが、右法令で定められた選挙供託制度が憲法に違反するかどうかの点については審査することはできないというべきである。

このようにみると、本件において、原告は、被告国に対して、国会が制定した法律により定められた選挙供託制度について、憲法に違反し、無効であるとして、供託金相当額の返還を求めているのであって、仮に供託官のした返還請求却下決定に対する取消訴訟によらなけらばならないとすれば、前記の供託官の審査権限からみて、憲法違反の問題については判断されずに取消請求が棄却されることになるが、このような事態は、抗告訴訟の他に公法上の当事者訴訟を認めることにより公法上の権利関係の存否を争う途を設けた行政事件訴訟法の解釈としておよそ適切とはいえない。

3 したがって、原告の被告国に対する本件訴えは、公法上の当事者訴訟として適法なものというべきであり、被告らの右主張を採用することはできない。

二  争点2 (選挙供託制度の違憲性)について

1  憲法一五条一項は、選挙権が基本的な人権の一つであることを明らかにしているが、被選挙権又は立候補の自由については特に明記はしていない。

しかし、選挙は自由かつ公正に行われるべきものであり、このことは民主主義の基盤をなす選挙制度の目的を達成するための基本的要請であり、選挙人は自由に表明する意思によってその代表者を選ぶことにより自ら国家又は地方公共団体等の意思の形成に参与するのである。そこで、仮に、被選挙権を有し、選挙に立候補しようとする者がその立候補について不当な制約を受けることがあれば、選挙人の自由な意思の表明が阻害され、自由かつ公正な選挙の本旨に反することになる。

このようにみると、憲法一五条一項は、立候補の自由についても重要な基本的人権として保障していると解するのが相当であり、これに対する制約は慎重でなければならない。

2  しかし、他方、選挙権は国民の重要な基本的権利であるから、選挙の自由、公正は厳格に保持されなければならないというべきであるところ、憲法四七条は、選挙に関する事項について法律で定めるものとしている。これは、選挙が自由かつ公正に行われるためには、我が国の実情に応じた選挙制度を設ける必要があり、そのために選挙制度の具体的な決定を原則として国会の裁量的権限に任せる趣旨であると解される。

そこで、立候補の自由に対する制約が認められるかどうかは、その制約の目的、内容、必要性、これによって制限される立候補の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較衡量した上で慎重に決定するべきである。この場合、第一次的には立法府の権限と責任において決するべきであり、裁判所としては、制約の目的が公共の福祉に合致すると認められる場合は、立法府の判断を尊重すべきであるが、その判断が合理的裁量の範囲内にあるかどうかについて、具体的な規制の目的、方法等の性質と内容に照らして、これを決することができるというべきである。

選挙供託制度は、公職選挙に立候補する者に対して一定の金員の供託義務を課し、そのうち法定得票数を得られなかった者等からこの供託金を没収するものであり、立候補の自由という重要な基本的人権を制約するものであるから、立法府の判断が合理的裁量の範囲内であるとして、その合憲性を肯定するためには、重要な公共の利益のために必要最小限度かつ合理的な措置であることを要するというべきである。

3  まず、選挙供託制度の目的について検討する。

(一) 公職選挙法の目的は、選挙人の自由な意思の表明による公明かつ適正な選挙を行うことによって、民主政治の健全な発達を期することにある(一条)。

そして、真に当選を争い又は選挙活動を通して政治的主張をする意思がなく、選挙の妨害や売名等という国民又は住民の政治的意思の形成とはおよそ無関係な目的を持つ者が選挙に立候補し、このような不正な目的に基づいて選挙活動を行うとすれば、他の立候補者が選挙活動を十分に行うことができなくなったり、立候補者の行う選挙活動の力点が政治的主張をして投票を呼びかける等の選挙活動本来の行為からずれたり、当該選挙における争点が混乱したりする等の弊害が生じるおそれがある。このことは、選挙人の自由かつ公正な意思が形成されず又は選挙人の自由かつ公正な意思が選挙に反映されなくなるおそれを生じさせるものであり、しかも、このような不正な目的を持って選挙活動を行う者が多数になればなるほどこれらの弊害が生じるおそれは高くなる。

そこで、このような選挙の趣旨に反する不正な目的を持つ者について、立候補者としての選挙活動を防止することは、公職選挙法の目的である選挙人の自由かつ公正な意思の形成、ひいては選挙の自由かつ公正を保障することに資するものといえる。そして、選挙供託制度は、立候補の際に一定の金員の供託義務を課し、そのうち法定の得票数に達しなかった者等から供託金を没収するものであり、このような不正な目的を持つ者が選挙に立候補して、この目的に基づく行為をすることを防止する効果を持つことは容易に認められる。

したがって、選挙供託制度の目的は、選挙人の自由かつ公正な意思の形成、ひいては選挙の自由かつ公正という重要な公共の利益にあるというべきである。

(二) 原告は、選挙供託制度が、大正一四年ころに法律(衆議員議員選挙法)が改正され、選挙人資格者が増えて、立候補者が急増することが予想されたことから、このような者が政治的活動を行うのを弾圧するために制定されたものであり、現在においても同様である旨主張する。しかし、前記のとおり、選挙供託制度が公職選挙法の目的に資するものであることに照らすと、沿革から直ちに現在における選挙供託制度の目的が政治的活動に対する弾圧であるということはできない。原告の右主張を採用することはできない。

また、原告は、選挙供託制度が、少数の得票数しか得られない者の全部又は大部分を売名的な泡沫候補と決めつけて、これをあらかじめ排除しようとするものであると主張する。しかし、前記のとおり、選挙供託制度は、選挙妨害や売名等を目的とする者の立候補を制限する手段として、立候補者に供託義務を課し、そのうち法定得票数に達しない者等から供託金を没収するものであるから、このことから直ちに、被告らが法定得票数に達しない者を選挙妨害や売名等を目的とする者として排除しようとしているということはできない。原告の右主張も採用できない。

なお、被告らは、供託金の国庫等への帰属により、選挙公営の費用の一部を供託者に負担させるという趣旨があると主張する。しかし、立候補者のうち法定得票数に達しなかった者等だけに選挙公営の費用を負担させる理由を合理的に説明することはできないのであるから、選挙公営の費用の一部を供託金で負担することをもって立候補の自由に対する制約を正当化することはできない。

4  次に、都道府県議会議員選挙における選挙供託制度の必要性について検討する。

公職選挙法は、都道府県議会議員の選挙の立候補者に対して、選挙期間中に、法令で定められた一定の規制の下で、ポスターの掲示、自動車や拡声器などを利用した戸外での演説や連呼行為、選挙人への葉書の送付、立候補者の選挙公報や新聞広告の掲載、政見放送、街頭演説、立会演説会、個人演説会の開催等の選挙活動を行うこと及びこれらの経費の一部について選挙公営の費用として補助をすることを認めている。

これらの規定によると、真に当選を争い又は政治に関する主張をする意思がなく、選挙の妨害や売名等を目的にする者が公職選挙に立候補するとすれば、選挙活動の名目の下に選挙活動本来の目的とおよそ無関係な行為が、立候補者に認められた前記の様々な手段を利用して行われるであろうことは容易に認めることができるのであり、このような行為により選挙人の自由かつ公正な意思の形成、ひいては選挙の自由かつ公正が害されるおそれがあることは明らかである。

そして、このような不正な目的を持つ立候補者の行為によって一旦選挙の自由かつ公正が害されれば、選挙期間中にこれを回復することは極めて困難であるから、一定の要件の下にこのような活動が行われることを事前に防止することが必要というべきである。

この点に関して、公職選挙法は、立候補者による選挙の自由、公正を害するような選挙活動について様々な禁止規定や罰則を設けている。しかし、これらの規定は不正な方法による選挙活動を対象とするものであって、この規定に反しないような方法で選挙の妨害や売名等の不正な目的とした行為をすることによっても、選挙の自由や公正が害されるおそれは依然として存在する。そこで、これらの不正な目的を持つ者が立候補をすることを一定の限度で制限することは、自由かつ公正な選挙という目的を実現するために必要というべきである。

そして、公職選挙に立候補する際に一定の金員を供託させ、一定の要件でその供託金を没収することは、一定の経済的負担を覚悟させることにより、不正な目的を持つ者が立候補することを抑制する効果があり、他により制約の少ない方法でこのような者の立候補を抑制する方法は認められないのであるから、選挙供託制度は、不正な目的を持つ者が公職選挙に立候補するのを抑制するために必要最小限度の方法であるというべきである。

5  さらに、都道府県議会議員の選挙供託制度の合理性について検討する。

(一) 公職選挙に立候補する際に一定の金員を供託させることは、立候補しようとする者に一定の経済的負担を課すことにより立候補の自由を制約するものであり、その供託額を極めて高額にすれば、立候補の自由を事実上否定するに等しくなる。

しかし、他方、選挙の自由、公正を害するような不正な目的を持つ者が立候補するのを抑制するためには、供託金額を余りに低い額にすることは相当でない。実際、都道府県議会議員の選挙における六〇万円という供託金額は、一般的にみて立候補の際に供託することが著しく困難な額とまではいえない。

(二) また、法定得票数に達しなかった者等は供託金を没収されるのであるから、この没収の対象となる者の範囲を極めて広くすれば、立候補の自由に対する制約の度合いは高くなる。

しかし、他方、没収の対象となる者の範囲を挟くすればするほど、没収という経済的負担を課すことにより、選挙の自由、公正を害するような不正な目的を持つ者の立候補を抑制するという効果が低くなることも考慮しなければならない。

そして、都道府県議会の議員の選挙における法定得票数は、有効投票数の総数を当該選挙区内の議員定数で除した数の一〇分の一であり、本件の選挙について、最下位の当選者の得票数が九一五五票、法定得票数が1800.40票あることからみて、選挙の結果法定得票数に達しなかった者が、選挙の状況によって当選したかもしれない可能性は極めて低いといえる。他方、法定得票数に達した者は、他の没収要件に該当しない限り、供託金全額の返還を受けることができるのである。

(三) 原告は、供託金の没収が、真に当選の意思があり又は政治的主張をする意思があるが、得票数が少ないと予想される者に対して特に立候補をすることを制約するものであるから、不合理であると主張する。

しかし、立候補の届出を受ける段階で、立候補の届出をしようとする者について、その者が選挙の妨害や売名といった不正な目的を持つ者かどうかを一々事前に判断することは極めて困難であり、このような目的で立候補する者は、一般的にみて得票数が極めて低く、当選する可能性が客観的にみてほとんどない。他方、得票数が極めて少なかった者は、選挙の状勢によって当選する可能性も極めて少ないといえるのであり、このような者が国民や住民に対して政治的な主張や行動をする手段は、選挙に立候補する以外にも様々な方法により認められている。

したがって、選挙の自由かつ公正という重要な公益を実現するために必要かつ合理的な方法で、立候補すれば得票数が極めて少なくなることが予想される者に対して、供託金を没収されるおそれがあることによって、その立候補の自由を制約することも認められるというべきである。原告の右主張を採用することはできない。

(四) また、原告は、選挙供託制度は、供託金を容易に払える者に対しては立候補を防止する手段にはならないと主張する。しかし、このことは立候補者に経済的負担を課すという選挙供託制度の性質に当然に伴うことであり、不正な目的を持って立候補することを防止するために他に適切な方法は認められないのであるから、このことから直ちに選挙供託制度が不合理であるということはできない。原告の右主張も採用することはできない。

(五) 以上のとおり、立候補者の自由に対する制約の目的、内容、必要性、これによって制約される立候補の自由の性質、内容及び制限の程度を総合考慮すると、都道府県議会議員に関する選挙供託制度は合理的な措置というべきである。

6  よって、都道府県議会議員選挙における選挙供託制度は、立候補の自由を規定した憲法一五条一項に反しない。

7  原告は、公職選挙に立候補する際に一定の金員等を供託させることは、一定の財産を有しない者の立候補を制限するものであり、平等原則を定めた憲法一四条一項、普通選挙を定めた憲法一五条三項に違反すると主張する。

しかし、憲法一四条一項は、事柄の性質に応じて、合理的な根拠に基づくものでない限り差別的な取り扱いをすることを禁止したものである。そして、自由かつ公正な選挙を実現するために、憲法四七条により選挙制度について立法府の合理的裁量が認められていることに照らすと、憲法一五条一項に定める立候補の自由に対する制約として必要かつ合理的な措置であり、立法府の合理的裁量の範囲内といえる場合には、憲法一四条一項に反しないというべきである。

また、憲法一五条三項は、公務員の選挙において成年者による普通選挙によるべきことを規定しているが、これは、一定額以上の財産を有すること等を選挙権の要件とする制限選挙を禁止したものにすぎず、公務員の選挙に立候補する者について、合理的な理由により法律でこれを制約することを許さない趣旨でないことは明らかである。

そして、選挙供託制度が、立候補の自由に対する制約として、立法府の合理的裁量の範囲内での措置であり、憲法一五条一項に反しないことは前記のとおりである。

したがって、公職選挙に立候補する際に一定の金員を供託させることは、憲法一四条一項、一五条三項に反しないというべきであり、原告の右主張を採用することはできない。

8  また、原告は、法定得票数に達しない者等から供託金を没収するのは、経済的関係において差別するものであるから、憲法一三条、一四条一項に違反し、選挙の結果によって公的又は私的に責任を問うものであるから、憲法一五条四項に違反すると主張する。

しかし、憲法一三条は、憲法一四条以下の規定で個別的に保障されていない自由又は権利について保障した規定と解されるのであって、原告は、憲法一四条以下の規定で保障されない自由又は権利を侵害されたとの主張をしていないのであるから、憲法一三条に違反するとの主張は失当である。

憲法一四条一項に違反するとの主張については、前記4(三)で判断したとおり、供託金の没収が憲法一五条一項に反しない合理的な制約である以上、採用することはできない。

また、憲法一五条四項は、選挙人の投票の秘密を保障したものと解されるのであって、公職選挙に立候補する者に対して一定の制約を課したとしても、選挙人の投票の秘密を侵害しないことは明らかである。

したがって、法定得票数に達しない者等から供託金を没収することは、憲法一三条、一四条一項、一五条四項に違反しないのであり、原告の右主張も採用することはできない

9  以上のとおりであって、都道府県議会議員選挙における選挙供託制度は、憲法に違反し、無効なものであるということはできないから、原告は、被告らに対して、本件供託金相当額の返還及びこれに対する遅延損害金の支払いを求めることはできない。

第四  結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由のないものであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官下村眞美 裁判官細川二朗 裁判長裁判官辻忠雄は、退官につき署名押印することができない。裁判官下村眞美)

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